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2009年2月

初体験

Dog この歳になって初めての体験をしたよ。

過去に犬に噛まれた事はありましたが犬の散歩はした事がありませんでした。

犬飼いさんにその事を言ったら犬(早太郎)を連れて公園に来てくれた。餌も初めて食べさせた。ドッグランも初めて体験した。

他の犬に追いかけられた時、出会ってまだ30分も経たない私の懐に逃げ込んできた早太郎君、うれしかったよ~ヘ(゚∀゚ヘ)アヒャ

ドッグランの中では初対面の犬飼さん同士でも超フレンドリーで驚いた。マイドッグ飼いたい。無理やけど…

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すみません

また更新に間が空きました。

結局父はカテーテル、開頭手術、追手術と予定通りに3度手術し、丁度2ヶ月で退院できました。「よかった、よかった」と喜ぶのもつかの間、その二日後にまた入院するというどんでん返しを繰り出すも今では再び退院し家に戻ってまいりました。

入院中は明らかに記憶の時間軸が数十年単位でずれていたり、私の事を他人(仕事関係の人)と認識したり「これはもうアカン」と諦めていたのですが、それも徐々に回復し日常会話も記憶も8割方良くなりました。

退院してからの生活も寝てすごす事が多いのではと思い大型液晶テレビを買い、そのテレビを見た途端「大きいテレビやな。重さで家、傾いてないか?」と冗談も言えるようになりました。

天気の良い日にはリハビリを兼ねて近くの神社に歩きにいったり、大きなテレビで「お宝鑑定団」を見るのが楽しみなようで体力的にはまだまだ本調子ではないですが、頭を開けた割には親族一同の期待を上回る回復を見せてくれています。

この話は私の怠慢でだいぶはしょったんですが、父の病のお陰でかなり疎遠になっていた親戚付き合いが昔のように深くなったり、一方では(あまり書きたくないが)家出していた兄を20年ぶりに探し当てる(笑)という長編ブログが一本書けそうなネタもあったりして看病で大変な母を除いて皆ハッピーエンド(まだ終わってないが…)を迎えたのでした。

私もハイペースで大阪に帰省するようにしているのですが、わざわざ小噴火が続く浅間山のふもとの軽井沢のアウトレットにショッピングに行ったり、相変わらず新しいふたを求めてスーパー巡りなど普通の日常を過ごしております。

更新が滞り結末を書かないままで皆様には心配をかけてしまい申し訳ございませんでした。コメント、メールを頂いた方々には心よりお詫び申し上げます。

このブログも一旦終了しようかなと思ったりしていたのですがまたつまらない事を書き綴ろうと思います。これからもよろしくお願いします。

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つづき

実家に到着しいとこと一緒に病院に向かう。(幸い病院まで車で10分ほどなのが後に母が看病にも負担を最小限にする事ができたのではないだろうかとも思ったりする。)

こんな時私一人だけがまだ父と対面していない状況に肩身が狭くなり、父が想像を超えた姿になっているのではとの不安、さらに広い病院内を迷うことなく私を病室に導くいとこ達に私が一番に駆けつけることができなかった申し訳なさを痛感したりする。

ベッドに横たわる父は薬で眠らされているからなのか痛いそぶりもなく、脳の血管が破れたにもかかわらず外見には出血がある訳でもなく、私にはまだ子供がいないのでいつまでも父親だと思っていた目の前に横たわる彼の姿はどこから見ても誰が見てももぅ完全なお爺さんな訳で「お父さん…」と声に出すよりも先にその姿をぼんやり滲ませるあまり流したくないものが一気にあふれ出た。

そんな私を見てなのか母も泣いた。

病室には涙ウイルスが蔓延したかの如くいとこ達も泣いた。

この時のみんなの涙が私と親戚達の約15年の空白を簡単に埋める事になったのだ。後日話せればいいのだが…

そして布団から点滴のために出された手をぎゅっと握り父の回復を信じ病室を出た。

みんなでエレベーターを待つ間、僕はいとこにだけ聞こえるように「覚悟はできてるんや」と言った。もちろん最悪の結果なんて1%も考えてなんかいない。

今思うときっと自分の心の中のサスペンションの稼働域を広げていたに違いない。姑息な奴だ。できることならエアバッグも装備しておくか(笑)

すみません。続きはまた後日で…

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いいわけ

Osaka お久しぶりの更新です。長らく更新を停止して11月の中旬よりまた書き始めようと思った矢先に母親から電話が来たんだ…

午後6時すぎ、携帯の着信音が鳴り響いたので通話ボタンを押すと母の至って落ち着き払った声が聞こえてきた。

母のやけに冷静な話し声を聞くよりも前にこの時間に携帯に電話を掛けてくること事態が何か良からぬ事があったんだろうと簡単に想像できた。

「お父さんが頭やねん…」

いつかこういう電話を受ける日が来るだろうとは覚悟していたお陰か「頭やねん」の一言に父の脳に何らかのダメージが発生し病院に運ばれた事がすぐに理解できた。

その病名は「動静脈瘤」、詳しく書くと「硬膜」が最初につくんだけどどんな症状なのか詳しく書くつもりはないのでこの病名で検索されお越しいただいた方々には申し訳ないです。

親と離れて暮らすとこういう事態に非常に慌てるのですが、幸い手術は検査して二日ほど様子を見てから行われるとの事で私も冷静に対処する事ができました。まず親戚に電話をかけまくり私がすぐに駆けつける事ができない事を詫び手術前には大阪に着くよう準備を始めたのです。

すみません、続きは後日書きます。

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